§9.バイア・マーレへ Baia Mare 2010.8.5

  8月5日(木)朝方曇り、のち晴れ。7時に起床し、7時半に朝食、8時にペンシューネ・ミオヴァルを出発しました。  9時、デジ(Deji) で給油し、水とコーヒーを買いました。ルーマニアではガソリンスタンドがコンビニのような役割を果たしていて、おやつや飲み物や日用品などを買うことができてとても便利です。

  私がルーマニアのことばに関心を示すので、コステルは道々いろんなことばを教えてくれました。長い道中の退屈しのぎにはそれが一番だと考えたのでしょう。コステルは運転しながら目につくいろんなものの名前を教えてくれました。  

 まず最初に廃墟のような建物を指して、

   "Fabirica murită "(ファビリカ ムリータ)  

と言いました。それはもう稼働することを止め、廃墟のように壊れかかった工場でした。私は工場のような人工のものにも murită(死んだ)ということばを使うのをおもしろいと思いました。

 次にコステルが教えたことばは "fân"(フン)でした。ルーマニアには高原が多く、牧畜が盛んです。この時期はどこでも家畜のための草刈りが盛んに行われていました。"fân" は「干し草」のこと。刈り取った草はこんもりとした塚のように積み重ねて干し、冬場の飼料にするのです。

  車はサツ・ルング (Satu Lung) を過ぎ、11時頃にバイア・マーレ (Baia Mare) に着きました。教会の前で写真を撮り、革命広場から自由広場にかけて散歩をしました。私の当初の計画ではここで昼食をとる予定でしたが、コステルがもっと後にしようと言うので、シゲット・マルマツエイに向かうことにしました。空はだんだん晴れ上がってすっかり青空になっています。気温もぐんぐん上がり出しました。  

ルーマニア館

遥かなる東欧の国ルーマニアに魅せられた私の館『ルーマニア館』は『ルーマニア愛満載館』です。

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