2021.12.10 02:07§12.ブルサナの村の木の教会 Bârsana 2010.8.5 8月5日(木)16時20分、私たちはシゲット・マルマツィエイを離れ、マラムレシュ地方の村々に点在する木の教会を訪ねることにしました。マラムレシュ地方の木の教会は世界遺産にも登録されています。 【ブルサナ村】 Bârsana 私たちはこの日、ブルサナ、ロザウリャ、イエウド、ボグダン・ヴォーダの村々にある五つの教会を訪ねることができました。 マラムレシュ地方では昔ながらの農村生活がかいま見られました。私たちが民家の連なる細い路地を進んでいくと、鶏の親子が何羽も道端でえさを啄んでいました。私たちがそろそろと車を進めていくとひな鳥たちは怖がる様子もなく道を譲ってくれました。 最初訪れた教会はひなびた村の一角にありました。木の門をくぐっていくとプルネ...
2021.12.09 11:14§11.サプンツァの陽気な墓 Sapânța 2010.8.5 シゲット・マルマツィエイの観光を終えるとサプンツァ(Sapânța) に向かいました。途中ラプンツァ(Lapânța) で給油し、フルーツを購入。そこで1391年に建造されたという木造の修道院 (Mănăstirea de lemn) を見学し、いよいよサプンッツァに到着しました。
2021.12.09 10:39§10.スープの底がもっと深かったらいいのに 2010. 8. 5 途中アップダウンの連続する曲がりくねった山道を走りました。このような山道を何というのかと尋ねるとコステルは、「デニヴェラリ クルベ」(denivelări curbe) と言いました。ルーマニアは国土の中央部にカルパチア山脈があり、高原も多いことから、このような坂道は至る所にあります。 突然コステルが急ブレーキをかけ、"Drum prost"(ひどい道路だ)と叫びました。道路の舗装があちこち陥没しているので、うっかりそれにはまったら大事故になりかねません。ルーマニアにはこのような道路が多く、また田舎では舗装されていない道路も多く、路肩も崩れていたりするので十分気をつけなければなりません。"Și devenilări curbe!"(それに曲がり...
2021.12.09 09:56§9.バイア・マーレへ Baia Mare 2010.8.5 8月5日(木)朝方曇り、のち晴れ。7時に起床し、7時半に朝食、8時にペンシューネ・ミオヴァルを出発しました。 9時、デジ(Deji) で給油し、水とコーヒーを買いました。ルーマニアではガソリンスタンドがコンビニのような役割を果たしていて、おやつや飲み物や日用品などを買うことができてとても便利です。 私がルーマニアのことばに関心を示すので、コステルは道々いろんなことばを教えてくれました。長い道中の退屈しのぎにはそれが一番だと考えたのでしょう。コステルは運転しながら目につくいろんなものの名前を教えてくれました。 まず最初に廃墟のような建物を指して、 "Fabirica murită "(ファビリカ ムリータ) ...
2021.12.07 02:15§8.クルージュ・ナポカのレストランで 2010.8.4 この日マリアさんとビストラ村とラストリータ村の見物を終えると、私たちはクルージュ・ナポカへと向かいました。その町から私の旅のパートナーはコステルに引き継がれるのです。 18時半にマリアさんが予約してくれたクルージュ・ナポカのペンションに着きました。私とコステルは部屋に荷物を置き、マリアさんと三人で夕食をとるために中心街に出かけました。レストランはペンションのご主人が紹介してくれたレストラン・ミラーヴです。 夕食は19時頃になりました.コステル「この日本人とどうやって意思疎通をしたのか。この人はルーマニア語を話せるのか。」 マリア 「この人は自分の意思を伝えることはできます。簡単なことばでだけど。発音も上手ではないけれど、しっかり聞いて...
2021.12.03 09:30§7.渦巻き洗濯機 2010.8.4 三日の夜はマリアさんの両親が暮らしているビストラ村の家に泊めていただきました。 四日の朝、マリアさんのお父さんと散歩をしました。最初畑に行って二人でキューリをかじりました。その後おもしろいものがあるといって案内してくれたのは、vâltoare(ヴルトアーレ)というものでした。vâltoare を辞書で調べると「川や海の渦、渦巻き)とあります。小川を流れる水が崖状のところで二、三メートルも落下するところがあります。小さな滝のようなものです。小川の水が流れ盥(たらい)状の大きな水貯めに流れ落ちると、水はその水貯めの中で回転して渦巻きをつくります。この仕掛けを利用して村人たちは「絨毯の洗濯」(spălat covoare) をするのです。私はこのようなルー...
2021.12.03 04:22§6. バラの広場へ 2010.8.3 マリアさんの新宅で一服すると、私たちはトゥルグ・ムレシュの中心街の見物に出かけました。トランダフィリ広場 (バラの広場)を中心に広がる町並みはマリアさんが自慢するとおりの、「小さいけれど美しい町」でした。【正教会カテドラーラ・マーレ】 Catedrala Mare 正教会カテドラーラ・マーレはひときわ美しい建物でした。【トランダフィリー広場】 Piața Trandafirilor「バラの広場」という意味です。その名の通り、8月3日現在でもまだ美しいバラが咲いていました。この一帯は建物がとてもきれいで、カフェテラスでは食事や喫茶を楽しむ人々であふれていました。私たちもコーヒーを飲みました。ずっとこうしていたいと思わせる美しくて居心地のいい町でした。...
2021.12.03 04:06§5. スイカの買い物 2010.8.3 マリアさんはトゥル・グムレシュの自宅に立ち寄り、私にシャワーを浴びさせ、果物と飲み物を出してくれました。とてもきれいな家でした。 アイスコーヒーを飲みながら、私はマリアさんへの手土産を渡しました。お土産にしたのはコーヒー・ココア・チョコレート・チャルメラ・スイカです。今回はできるだけ軽いお土産を選びました。スイカはルーマニアに来てから町の市場で買ったものです。私"Cumpăr două pepeni.. Reduceți vă rog, pentru un japonez."(スイカを二個買うから、どうかおマケしてください、一日本人のために!) するとその八百屋のおかみさんは、「あなたは日本人かい。私の息子も日本で働いている。神戸に住んでいるが、神戸...
2021.12.03 03:51§4.コウノトリは赤ちゃんを運んでくる 2010.8.3 車はトゥルダの町からトゥルグ・ムレシュの町へと向かいます。 その途中、沿道の電柱の上の方に鳥の巣を見つけました。鳥の姿も見えます。その付近では電柱ごとに鳥の巣が見つかりました。 私「あの鳥は何ですか?」 マリア「berze(コウノトリ)ですよ。」 (注:単数形は barză) マリア「この地域はルーマニアでも一番多くコウノトリが棲息しています。」 私「コウノトリは赤ちゃんを連れてくるのでしょう?」"Barza aduce bebeluși, nu-i așa?" マリア「ええ、そうね。」 マリアさんと私はこの二年間スカイプを通してチャットをしてきました。ルーマニア語の筆談によるチャットです。私は旅行の直前に、マリアさんにチャットでこう告げました。私「...
2021.12.02 07:32“Amintiri don tineretțe”(「青春の思い出』) の出版に寄せて 本の出版にあたり、モルフォ共和国のヴェロニカ・キムさんよりご祝辞をいただいたのでご紹介します。(ルーマニア語訳:佐藤)(褒め言葉がたくさんありますが、結婚披露宴時の新郎新婦紹介のようなものと思って割り引いて読んでください。)日出づる国の賢者、よき家庭人、愛すべき祖父、国語教師、文学者、ルーマニア語・文化の翻訳者:佐藤芳則に捧げることば あなたが私を「最良の読者」と呼んでくれて、私はとてもうれしく思います。あなたは純粋な心の持ち主です。そのような人は光り輝く貴重なダイヤモンドのようです。『秘かに愛しつつ、私は沈黙を守った!』数十年前にかの偉大なる詩聖エミネスクはそう書きました。「純粋な心はいつも苦しむもの!」です。あなたが紙面に巧みに書き綴った『愛の巨...
2021.12.01 00:42トゥルダ峡谷とレチェア修道院へ 2010.8.3 今日の午後から明日の17時までの観光の計画はすべてマリアさんに任せています。気温は35度にも達していましたが、車内は冷房がしっかり効いて快適でした。車に乗るとマリアさんがこれからの見学地を教えてくれました。車がクルージュ・ナポカからトゥルグ・ムレシュに向かう途中、私たちは二箇所に立ち寄りました。
2021.12.01 00:33§3.マリアさんの出迎え 2010.8.3 8月3日(火)快晴。6時半に起床し、シャワーを浴び、朝食をとって7時半にホテルを出ました。ルフトハンザLH715便で9時25分ミュンヘン発、12時クルージュ・ナポカ到着。 トゥルグ・ムレシュに住むマリアさんが空港に迎えに来ているはずです。私はマリアさんに目印として私の服装を知らせていました。 「私は大小二つの青い手荷物を持っています。白いシャツ(tricou)と黒いズボン(pantaloni)をはいています。頭にはラクダ色の帽子(pălărie)をかぶっています。」 するとマリアさんは「あなたをきっと見つけることができるでしょう。そんなにたくさんの条件が重なる人はいないでしょうから。」と言ってくれました。 ...