2021.10.22 00:45アマリネイ氏と読む日本の俳句(6)正岡子規の詠んだ秋の俳句 行く秋や 手を引きあひし 松二木この俳句のルーマニア語への翻訳はネクライ・アマリネイ氏によるものです。Haiku de toamnă al lui Masaoka Shikitoamna pleacădoi pini și-au unitramurile(tradus de domnul Neculai Amălinei)(コメント)ここに描かれている松は県の天然記念物に指定されたほどの名木で、郷里の象徴でもあったそうです。二本の松が手を引き合うようにH状に枝を絡めているところから地元では「手引きの松」と呼ばれて慕われていましたが、マツクイムシにやられてしまい、現在は松の一部分だけが保存されているそうです。その松の木...
2021.10.21 01:28アマリネイ氏と読む日本の俳句(5)正岡子規の詠んだ秋の俳句 木に倚れば 枝葉まばらに 星月夜この俳句のルーマニア語への翻訳はネクライ・アマリネイ氏によるものです。Haiku de toamnă al lui Masaoka Shiki rezemat de copacprintre crengi și frunze rare -noaptea înstelată(tradus de domnul Neculai Amălinei)(コメント)明治29年、子規29歳の時の作。この頃子規は親しい人々を招いて句会を開くことを唯一の楽しみにしていました。この年も病気の身でありながら旺盛な創作意欲を示し、多くの俳句をものしています。初句は作者の様子、中句は中庭の様子でしょうか...
2021.10.20 00:32アマリネイ氏と読む日本の俳句(4)正岡子規の詠んだ秋の俳句 飛んで来る 余所の落ち葉や 暮るる秋Haiku de toamnă al lui Masaoka Shiki vin în zborfrunze moarte de nicăieri sfârșit de toamnă(tradus de domnul Neculai Amălinei)(コメント)療養中の子規は外出することも多くありませんでした。この句は隣家からハラハラ落ちてくる落ち葉を見て初めて秋の深まりを実感したという感慨を詠んでいます。とても平明で分かり易い作品です。子規は俳句の革新と短歌の革新に心血を注いだ人ですが、晩年は「写生」の重要性を唱え実践しました。病床にあった子規にとっては自分...
2021.10.18 02:48アマリネイ氏と読む日本の俳句(2)塩汲みの 道々月を こぼしけり(正岡子規)Haiku de toamnă al lui Masaoka ShikiScoțind apa din mareluna se varsăpe drum (tradus de domnul Neculai Amălinei)(コメント)月は秋の季語です。美しい月夜に海水を汲みに出かけた人が家に帰っていく場面です。汲んだ海水はバケツに入れて手に持っているのでしょうか、天秤棒にぶら下げているのでしょうか。一歩踏み出す毎に入れ物が揺れ、水がこぼれます。水をこぼしてしまうのですが、それを「月をこぼし」たと表現したところに、この作品のおもしろさがあります。歩くたびにバケツが揺れて水面に映っている月が壊れ、水と一...
2021.10.16 23:21アマリネイ氏と読む日本の俳句(1)松山や 秋より高き 天守閣(正岡子規)Haiku de toamă al lui Masaoka Shiki Matsuyama - deasupra cerului de toamnăse ridică donjonul castelului (tradus de domnul Neculai Amălinei)(コメント)松山城は伊予の国(現在の愛媛県)勝山の山頂にそびえる名城で、金亀城、勝山城という別称もあります。日本晴れの秋空はどこまでも高く澄み渡っていますが、松山城の天守閣はその秋空にも負けないくらいに高くそびえていると言うのです。「空より高く」と言わずに「秋より高く」と詠んだ着想が巧みです。(写...
2021.10.08 05:36ネクライ・アマリネイ氏のこと ネクライ・アマリネイ氏からメッセンジャーで初めてコンタクトがあったのは2019年9月のことでした。彼は私のフェイスブックを見て、私がどうやらいくらかルーマニア語を理解し、国文学にも通じているらしいと踏んだようでした。 彼の最初の依頼はビデオ付きの日本語テキストを紹介してほしいということでした。そのことがきっかけで私たちはその後メールを交換し合う間柄になりました。 ネクライ氏はルーマニアの古都ヤシ在住の学者です。ヤシは第三回ルーマニア旅行の際立ち寄った町で、国民的詩人ミハイ・エミネスクの銅像の前で私は写真を撮った思い出があります。 実は私が使っている『日本語ルーマニア語辞典』の著者がネクライ氏であることに私は彼と知り合った後に知りました。彼は日本語研究...